ノックの音（後編）

（「ノックの音」後編）
ドアを開けると、見知らぬ男性が息を切らしながら立っていた。
「今のうちにここから逃げるんだ」
男性は必死の形相でそう叫び、私をドアの外に連れ出した。
え、なんでですか、という私が聞く間もなく、
「走ろう。後で詳しく説明する。とにかく今はここから逃げないと」
そう言って男性は寮の出口に走り出した。
仕方がないので私もとりあえず必死に走ることにした。
どうなっているのかさっぱりわからなかったが、
走らないとやばいということは本能的に察知した。

とにかく男性の後を追って走った。走った。
私の部屋はこれから何が起ころうとしているのだろうかとか、
私は寮にもう戻れないのだろうかとか、
というかなんで車とかじゃなくて走ってるんだろうかとか、
ぐるぐる考えても、全く検討がつかなかった。

どれくらい走ったのだろう、もう私の足は限界だった。
前を走り続けていた男性が突然座り込んだ。
「ああ、もうここまでくれば大丈夫だろ・・・・・・」
男性も相当疲弊しているようだった。
私も座り込んだ。
「もう、なんなんですかこれは。勘弁して下さいよ」
私は男性に訴えた。
「いやー悪い悪い。実は死体を君に送ったのは、僕なんだ」

何を言っているのかさっぱりわからなかった。
死体？さっき私が受け取ったクール宅急便は死体ということ？
そしてそれを送ったのはこの男性？
ということはこの男性は殺人鬼？
そこまでの思考にコンマ0.01秒でたどり着き、
私は本能的に再び走り出した。

あわてて男性が追ってきた。やばい、私も殺される。
「おいおい、待ってくれよ、僕は人を殺していないよ、
そもそも僕が殺していたら君を助けないだろう。僕も君と同じ被害者だ」
「騙されないわよ。じゃあなんであなたが私に死体を送ったのよ」
私は必死で走りながら聞いた。
もはや私は今、どこを走っているのかもわからなかった。
「待てってば。ほんとに殺していないって。
僕の所にもクール宅急便が届いたんだ。メモが付いていて、
本日中に差出人などは書かずに君の住所にこの荷物を送れ、
さもないとこの荷物の中身と同じになるぞと書いてあったんだ」
「どういうこと？」
私は立ち止まった。

「僕は尋常ではない重さと表面に付いた血から、
すぐにそのクール宅急便の中身が死体だと気付いた。
僕は怖くなって、書かれている通りに君の所にクール宅急便を送った。
でも送ったあとで、このクール宅急便の送り先の人は
誰かにおとしめられようとしているんじゃないかと心配になってきて、
メモを頼りに君の所に来たというわけだ」
「あなたは利用されたということなの？送り主の名前は書いていなかったの？」
「いや、もちろん書いていなかった」
「なんでそんな怪しげなクール宅急便をやすやすと受け取って私に送るのよ」
もはや八つ当たりだった。
「君だって受け取っていただろう、それに僕だって自分の命が大事だ」
「だって私、今日が誕生日だったのよ。
誰かからの贈り物と思って、受け取ってしまうでしょう。
とにかく私たち、これからどうするのよ。このまま逃げ続けないといけないの」
「どうしようか・・・・・・」
男性はうつむき、困った顔をした。
その時、私は不覚にも男性が整った顔であることに気付き、どきっとしてしまった。
こんな時に私は何を考えているのだ。
しかし、私は一体どうして、こんな陳腐なサスペンスのような
展開に巻き込まれているのだろう。
とんだ誕生日プレゼントだ。




















「サプライズのプレゼント、ちゃんと届いたかな。
私のリサーチ力とサプライズ力に感謝してほしいわね」
「明美は忘れっぽい上に一目惚れしやすいから、
そんな男性のこと忘れているんじゃない。
静香の自己満よ、自己満。ていうかリサーチ力って下手したら犯罪よ」
「うるさい。突然奇妙なクール宅急便が来たと思いきや、
今度は突然一目惚れした男性が迎えに来て一緒に逃げ続けるという
ドラマをプレゼントしたというわけよ。私、名脚本家になれるわね」

その頃、寮では。
「管理人さーん、廊下にクール宅急便が置きっぱなしなんですけど」
「迷惑だね、ちゃんと受け取り主が管理してくれないと困るね」
管理人は面倒くさそうにクール宅急便を開けた。
「おお、これはたいそうな量の牛肉だ。しかも高級そうだ」
（完）

東大生ランキングにも参加しています。
クリックしてくれるとブログの更新頻度をなんとかして上げます！
よろしくお願いします＞＜




今年もあっという間でした。
今年も大変お世話になりました。
来年もべりももと本郷三丁目日記をよろしくお願いします。
みなさん、良いお年をお迎えください！